【中医学解説】便意の異常
概要
中医学における排便機構は、五臓六腑の気機の調和と、神志と魄の協同作用によって維持される。大腸は「伝導之官」にして糟粕を輸送・排出する役を担い、その最終段階にある「魄門」は糟粕を大腸で一時的に置き留め、時に応じて開闔を行う。
肺と大腸は表裏の関係にあり、肺気の粛降により大腸の伝導が助けられ、排便が遂行される。また、心は君主の官として神明を主り、神志活動を統轄する。
便意の認知には、感覚情報の末端感受を司る肺魄と、それを中枢で認識し統制する心神の協同が不可欠である。便意の認知と排便は、肺魄による本能的感覚の察知および推動と、心神による認知・意志的制御の統合的過程である。すなわち、肺気の宣発粛降および魄門の開闔は、神志の明瞭と安定によって秩序を保つ。ゆえに、便意異常の発現には、肺気・大腸の気機失調のみならず、心神の失統や肺魄の感受異常が深く関与する。
便意は大腸伝導下降の気(推動作用を帯びた陽気)が魄門に到達したのを、肺魄が感受し、その結果を心神に伝達することで生じる。これらの過程のいずれかに問題が生じることで便意の異常が発生する。
1.便意欠如の弁証類型とそのメカニズム
この病態は、腸腑に糟粕が充満していても排便反射が誘発されず、便意の感受および遂行に支障が生じている状態である。中医学的には、主に以下の弁証類型が該当する。
1. 脾・肺の気虚
脾は運化を主り、肺は粛降を司る。両者の気虚により大腸における気の推動が乏しくなる。臨床では排便欲が弱く、努責しても力が入らない。これはいわゆる「気秘」に属する。
2. 脾・腎の陽虚
脾陽・腎陽の不足により大腸の温煦と推動力が低下し、排便反射が減弱する。特に高齢者や慢性疾患後に多く、便意喪失とともに腰膝冷痛・畏寒などの症状を伴う。
3.気滞
気滞推動不利による大腸の伝導不及が生じることで魄門が適切に刺激されず、糟粕が充満しているにも関わらず便意が生じない。糟粕が大腸に留まっているため、腹部膨満感・腹痛・失気頻数などの随伴症状が生じる。
4. 心神失調
心神が意識と神明を統括するが、神明が混濁または阻閉されると便意の認知が困難となる。昏厥や精神抑鬱などで心神の機能が抑制されると、大腸の伝導および魄門の開闔は「君命」による正常な機能を発現できなくなり、排便反射が抑制される。
2.便意頻数の弁証類型とそのメカニズム
この病態は、腸腑内に排出すべき糟粕が乏しいにもかかわらず、頻回あるいは強い便意を訴える状態である。実際の排便量は少量で、時に粘液様の分泌物やガスを伴う。中医学的には以下の弁証類型が考えられる。
1. 大腸湿熱
湿熱が大腸に留滞し、伝導大過になることで魄門が刺激され便意を頻発させる。湿熱の邪が腸絡に影響し、残便感とともに急迫性の便意(裏急後重)を呈する。排出物は少量で悪臭を放ち、粘液あるいは膿血を含むことがある。
2. 肝気下迫
情志失調により肝気が鬱結して気機が下迫し、大腸の伝導大過となることで生じる。便意の周期が不規則となる。過敏性腸症候群型の弁証と一致することが多い。
3. 中気下陥
脾の昇清作用が低下することにより、相対的に魄門に対する気の下降作用が増すことにより、糟粕が少量であっても頻回の便意を生じる。精微が気とともに下陥し流れ落ちて湿濁なるため軟便・下痢を伴う。
4. 腎気不固
腎気の固摂低下により失調により二陰の開闔が失調し、魄門において陰虚陽盛すなわち気の出入における「出」が勝る状態になることにより、わずかな内容物でも魄門不固となり、頻回の便意や失禁的排便が生じる。これは老年期、慢性泄瀉後、あるいは産後の体虚において散見される。
5. 津少血虚
陰液の虧損により大腸を滋潤できなくなり虚熱が生じることで、大腸の伝導大過が引き起こされ頻回の便意が誘発される。この場合、大腸内の陰液が不足し糟粕を潤わすことができないため、大便は硬くなる。
まとめ
便意の異常は、単なる大腸伝導機能の失調ではなく、五臓六腑の気機失調および神志活動の異常と密接に関係する。肺魄は本能的な便意感受と発生に関与し、心神はその認知と制御を司る。したがって、便意の欠如は気虚・気滞
陽虚または神志阻閉に基づき、便意過敏・頻発は邪熱による魄門の刺激・気機下迫・固摂失調による。中医学的診療においては、神魄両面の協同失調を念頭に、弁証論治を行う必要がある。
